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Adoration アドレーション

ベルギー映画 (2019)

映画の冒頭、「私たちの日常が時に幻想的な世界を生み出すように、私たちのごくありふれた身振りが 突然不穏な意味を帯びるようになるには、ほんの少しの想像力だけで十分です。怪物や妖精を目覚めさせるのは、私たち一人一人にかかっています〔Il suffit d'un peu d'imagination pour que nos gestes les plus ordinaires se chargent soudain d'une signification inquiétante, pour que le décor de notre vie quotidienne engendre un monde fantastique. Il dépend de chacun de nous de réveiller les monstres et les fées〕」という、推理小説作家ボワロー=ナルスジャックの一文が示される。この映画は、グロリアに対するポールの激しく、無条件で、情熱的だが、行き過ぎた愛。ポールの存在を危険にさらしてまで続けようとする愛を描いたもの。原題の『Adoration』は、熱愛、愛慕、憧れから崇拝までをも含んだ言葉。重度の統合失調症の患者であるグロリアに対するポールの愛は、グロリアをポールにとって妖精にするが、ポール以外の人間にとって恐ろしい怪物にする。ただし、それは、ハリウッド的意味でのモンスターではなく、ポールの母が掃除係を務める高級精神科クリニックでの治療を妨害し、症状を際限なく悪化させるという意味での怪物化。ある意味、ポールの善意が生み出した、最悪の事態とも言える。それに、誰が責任を取ればいいのか、映画は何も答えてくれない。この映画の受賞歴は6。作品賞はない。ポールとグロリア役の子役は、シッチェス・カタロニア国際映画祭の「Secció Oficial Fantàstic」部門でSpecial Mention賞を受けている。全体を把握するには、かなり正確な英語字幕を使い、個々の台詞の訳にはフランス語字幕を用いた。

城跡を改造した神経科の高級クリニックで、最低ランクの掃除婦として働く女性がポールの母。そのポールに父はいない。夏休みで学校が休みなので、ポールはすぐ近くの森に行っては自然に親しんでいる、ある意味、とても孤独な少年だ。傷付いた小鳥を見つければ、介抱し、餌をやる、心優しい少年でもある。そんなクリニックに、ある日、1人の “少女よりは娘に近い女性” グロリアが連れて来られ、即刻 逃げ出し、偶然近くにいたポールとぶつかって転倒させる。これが出会い。次の日もグロリアはクリニックを抜け出し、小鳥と遊んでいるポールに話しかける。ポールは、その美しさに一目惚れ。しかし、翌日も一緒のところを、探しに来た看護師に見つかり、母と一緒に医師に呼び出され、患者と話さないよう注意を受ける。しかし、大事にしていた鳥が死んだのを母のせいだと思い込んだポールは、夜、クリニックに忍び込み、ひどい扱いを受けるグロリアを見て、病室から助け出す。グロリアは、嘘か本当か最後まで分からないが、“ポールの同情を強く誘う「こんな所に入れられた理由」” を話し、ポールを味方に付ける。そこに現れた医師が2人を強く叱責すると、グロリアは医師を階段から突き落として殺害、ポールの手を引いてクリニックから逃げ出す。その後は、盗み、放火、2度目の殺人と、グロリアの残酷度は増して行くが、グロリアを愛することしか知らないポールは、ただ一緒に付いて行く。

主演のトマ・ジョリア(Thomas Gioria)は、2003年生まれとしか分からない。撮影が2018年の夏なので、単純に引けば15歳。トマは、このあとで紹介する『ジュリアン』(2017)で、一躍注目を浴びたフランスの子役。『ジュリアン』では、離婚した父親からDVに遭うジュリアンで迫真の演技を見せたが、この映画のポールでは、役柄上、どこまでも優しく、どこまでも無力な青年を演じ(知恵遅れかもしれない)、それなりに巧いのだが、ジュリアンを観た後では、物足りなさを感じさせる。

あらすじ

自然と共に育ってきたようなポール。少年から青年への移行期にあるポールは、その日も、いつものように縄梯子を登って太い枝〔彼にとっては、一種のツリーハウス〕に座り、森を満喫していた。すると、どこかから小鳥が苦しむような声が聞こえてくる(1枚目の写真)。助けてやらなくてはと思ったポールは、声の出所を確かめると、縄梯子を下りる。地面に転がっていたのは、極細のネットのようなものに絡まれた小鳥。ポールは、多機能のアウトドアナイフを取り出すと、ナイロン糸を切り始める。その際、自分の低い声と、“小鳥が返事をするような高い声” を交互に発して、小鳥を安心させようとする。「大丈夫かい?」。「ケガはしてない。ここから出してよ」。「出してあげる。僕はポールだ。君の名は?」。「ロビ〔Robbie〕だよ」。「そうかい。じゃあ、ロビと呼ぶよ」(2枚目の写真、矢印はナイフ)「優しい〔gentil:ジャンティ〕やベスト・フレンド〔meilleur ami:メイユー・ラミ〕と同じ韻だね〔3つとも最後の発音が “i” で終わっている〕。ママは、何してるの?」。「ママ? どこにいるか知らないよ」。「僕のママは、クリニックで働いてる。このすぐそばなんだ」。ポールの、自然との付き合い方がよく分かる。ポールが 一人寂しい環境にあることも。心温まるとともに、ポールが可哀想に思えるシーンでもある。ポールは、小鳥を木箱に入れ、自転車の荷台に乗せて森の小道をゆっくりと走り、クリニック〔ロケ地はボルガール城(Le château de Beauregard)〕の前を通り、その脇にある従業員用の宿舎に入る。ポールは、さっそく鳥の本を取り出し、連れてきた小鳥の種類を調べる(3枚目の写真)。それによれば。小鳥は現地ではごく普通のズアオアトリ。ポールは、帰宅した母に、明日、クリニックで手伝ってくれるよう頼まれ、快諾する。

翌朝、ポールが枯れ枝を集めて焚火をしていると、女の子の悲鳴が聞こえ、全速で芝の上をこっちに向かって走ってくると(1枚目の写真)、ポールの顔を叩くようにぶつかり、その場に一緒に倒れる。そして、起き上がりながら、ポールの顔をじっと見る(2枚目の写真)。追って来た白衣の2人が近づいたので、少女がまた逃げ出すが(3枚目の写真、矢印は倒れたままのポール)、すぐに捕まってしまい、クリニックに連れて行かれる(4枚目の写真)。クリニックの前には、少女を連れてきた関係者の車2台が停車している。因みに、このボルガール城は、フランスにも同名のもっと立派な城があるが、こちらの城は、ベルギーのトゥールネ(Tournai、フランス国境に接した人口6万ほどの町)の中心部から僅か3キロ北西にある1795年に建てられた城〔当初2階で、1841年に3階に増築〕。4枚目の写真だと右側の建物は小さく見えるが、実際は、城のファサードの長さが22mしかないのに対し、右側の建物は、55m×40mもあるロの字形をした大きな建物〔1842年〕

ポールは、クリニックに入って行き、2階から少女の叫び声が聞こえるので、螺旋階段を上る。「出してよ!」。「大げさに騒ぐな〔Tu arrêtes ton cinéma〕! やめろ!」。「どうかお願い! 死にたくなんかない!」。「死ぬはずがないでしょ。グロリア、お願いだから」。それでも止めないグロリアに、女医の冷たい声がする。「鎮静剤が必要ね」。「放してよ! あんたなんか大嫌い!」。それを、ドア越しに見ていたポールに、廊下から来た母が気付いて、「ポール、もう来たの? 手伝ってちょうだい」と呼び、1階に連れて行く。何を手伝わされたのかは分からない。場面は、その日の夜に変わり、ポールは 自分の寝室の中で、色の変わる懐中電灯で壁を照らして遊んでいる。しばらくすると、ポールは 勝手に玄関の鍵を開け、外に出て、クリニックに向かう。秘密の通路から建物の地下に侵入したポールは、螺旋階段に入る鍵も開け、フクロウに会いに行く。ポールは、フクロウに、新しい友達ロビについて報告する。この話は、ここで終わり、次は翌朝。ポールは、クリニックの2階のベランダに出て、部屋の中の様子をこっそり覗く。すると、偶然、グロリアがこっちを見たので(1枚目の写真)、慌てて顔を引っ込める。そのあと、ポールは、いつものように森に行き、一昨日に助けた小鳥に話しかける。「お腹、空いてないのかい?」。「空いてるよ」。ポールは、紐状の虫を集めた缶から1匹取り出すと、小鳥に与える(2枚目の写真)。「もっと欲しいかい?」。「うん、大好き」。その時、背後を赤い服が通る(3枚目の写真、矢印)。

ポールは、グロリアの突然の出現に、数歩後退する。グロリアは、昨日の大暴れを全く感じさせない口調で、「何、隠してるの?」と訊く。ポールは、手に握っていた小鳥を見せる。そして、一昨日に起きたことを詳しく話す。それを聞いたグロリアは、「それ、死ぬわ」と言い、ポールは即座に否定する。「逃がしてやらないと、死んじゃうわ」〔昨日の、「死にたくなんかない!」と同じ発想。閉じ込められることへの強い反撥〕。「僕が、世話してる」。「でも、逃がしてやらないと」。ポールは、話題を変えようと、名乗る。相手も 「グロリアよ。初めまして、ポール」と応える。ポールは、自分が 如何に小鳥と仲良しかを見せようと、頭の上に乗せ、小鳥の鳴き声を真似てみせる(1枚目の写真、矢印は小鳥)。ポールは、小鳥をグロリアの肩にもとまらせる(2枚目の写真、矢印は小鳥)。その時、遠くから、女性の厳しい声が響く。「グロリア!」。ポールは、「一緒にいられない」と弁解すると、木の陰に隠れる。グロリアは、看護師によリ連れ去られる(3枚目の写真)。

ポールが自転車まで戻ると、荷台の木箱に1枚の紙が挟んであった。引き抜いて見てみると、「私たちお友だちになれそう!」と書かれ、赤いハートが描かれていた(1枚目の写真、矢印は小鳥)。ポールは、夜、自分の部屋で、グロリアの手紙を見ながら、ノートに下手な字で、同じ文言の手紙を書き、ただし、ハートを2つ描くことにする(2枚目の写真)。場面は変わり、キッチンでの夕食。母は、「重病だって聞いたわ」と話す。「どんな病気?」。「ここにあるのは、何のクリニック? 頭の病気でしょ。だからね、彼女は、気が変なの。看護師は、危険な子だって言ってた」(3枚目の写真)「ジャンヌは、ロワゼル医師の部屋で、あの子のファイルを見たんだって。中身は話してくれなかったけど、あの子、何か えげつないことしたみたい。深刻なね。だから、あの子に関わっちゃダメよ。いい?」。「どうして?」。「ママの話、聞いてなかったの? あの子は、友だちなんかじゃない。いいわね?」。ポールは、お腹が減ってないから、食べたくないと言い出すと、腹を立てた母は、寝室に行けと ポールを追い払う。その夜、ポールとグロリアは、遠く離れた窓越しに見合う。

翌朝、ポールとグロリアは仲良く野原を歩いている(1枚目の写真)。次のシーンでは、2人の看護師が森の中でグロリアを大声で呼んで探している。そして、彼女は見つかってしまい、暴れるのを抱きかかえられて連れ戻されるが(2枚目も写真)、その時、ポールの名を10回以上口に出して、助けを求める。これで、グロリアがポールと一緒にいたことが、クリニックにバレてしまう。当然、ポールと母は、ロワゼル医師に呼び出される。医師は母に、「ここで、あなたを叱りたくありませんが、このことは了解事項のはずです。あなたの息子は、患者と話さないという条件付きで受け入れられたのです」と、今回の不始末について、母が叱咤される。医師は、ポールに向かって、「ポール、ちゃんと聞くのよ、大切なことだから。あなたは、グロリアと話してはいけない。いいわね?」と、明確に指示する(3枚目の写真)。「彼女は、人に聞こえない物を聞き、見えない物を見る。パラレルワールドに生きているように。分かった?」。医師は、母とまだ話しがあるから、出て行くよう命じる。

ポールは小鳥のエサを見つけようと、地面を掘っている(1枚目の写真)。そして、集めた紐状の虫を持って部屋に戻ると、小鳥を入れておいた箱の蓋が外れている。中を見ると、小鳥がいない。ポールは、「ロビ?」と呼びながら部屋を探すが、ガランとした部屋なので、いないことはすぐに分かる。そこで、母に 「小鳥はどこ?」と訊きに行くと、寝室で死んでいるのを見つけたから、ゴミ箱に捨てたという返事。ポールは、弱ってはいたが、死ぬハズはないと思っていたので、母が、罰として小鳥を生きたまま捨てたと思い、母に怒りをぶつける。そして、1階のキッチンに下りて行き、ゴミ箱を逆さまにして、中身を床にぶちまける(2枚目の写真)。その中に小鳥の死骸を見つけると、泣き悲しむ(3枚目の写真)。

その夜、ポールは、秘密の通路からクリニックに侵入し、グロリアの病室まで行くが、返事がない。持ち出した鍵でドアを開け、中に入るが、やはり誰もいない。その時、音がしたので、急いでベッドの下に隠れる(1枚目の写真)。看護師が2人掛りで、反抗的に振る舞うグロリアを部屋まで連れてきたのだ。看護師は、強力な薬を2つグロリアに飲ませると、すぐに部屋から出て行く。グロリアは、飲まされた薬を咳いて吐き出す。そこに、ベッドの下からポールが現われたので、最初はびっくりするが、相手がポールと分かり、しかも、「ここから、出て行きたい?」と訊いたので、素直に付いて行く。出て行く前に、グロリアをフクロウに会わせる(2枚目の写真、矢印)。そのあとで、ポールは、「君は正しかった。小鳥は死んだ」と話し、「なぜ、ここでは、君をひどく扱うの?」と質問する(3枚目の写真)。「私のお金のため」。「お金って?」。「両親のお金。2人とも死んだわ。私のお金を管理している伯父が、私をここに入れた。ロワゼルとぐるになってて、私が死んだら、お金を手に入れるつもりなの」。「ロワゼルって、ちゃんとした医者じゃ?」。「見せかけなのよ。誰かにひどいことをしようとする時、あなただったら、いい人だと信じ込ませようとしない?」。「そんなこと、考えたこともないよ」。「そうなの。私を信じて」〔この話が本当なのか、グロリアがパラレルワールドにいるのかは、最後まで分からない。もし前者なら、グロリアの様々な残虐行為の半分は情状酌量されるかもしれないが、後者なら、終身刑は確実だ〕

2人が螺旋階段まで来た時、行く手を遮ったのはロワゼル(1枚目の写真)。「ここで、何してるの? どうやって、部屋から出たの?」。彼女は、ポールに、「あなたがやったの?」と訊く。「あなたのママと、私が話したでしょ。忘れたの? 答えなさい!」。彼女は、無口なポールではなく、グロリアに、「どうやって、外に出たの? 彼が、ドアを開けたの?」と、詰問する。その瞬間、グロリアがロワゼルに飛びかかり、ロワゼルは手すりを超えて(2枚目の写真、矢印の方向に落下)螺旋階段の中央区間を1階まで落下し、恐らく、息絶えた。グロリアはポールの手を引いて螺旋階段を駆け下り、ドアを開けると、クリニックから逃げ出す(3枚目の写真)。

2人は、着の身着のまま、何も持たずに逃げ出したので、ポールは、朝起きると、森の中で赤すぐりやブルーベリーを自分のために その場で食べ、グロリアのために集める(1枚目の写真)。そして、パンツ1枚になると、清流で体を洗ってさっぱりし、果物を持ってグロリアの前に現れる。グロリアの最初の言葉は、「ありがとう」じゃなく、「どこにいたの?」。疑い深い。ポールは、「君、まだ眠ってたから、果物を集めて、水浴びをしたんだ」と、素直に答える。それを聞き、グロリアは、むさぼるように食べ始めるが、相変わらず 感謝の言葉はない。ポールは、その、メチャメチャな食べ方を見て、「食べ方、知らないんだ」と笑顔で言う(2枚目の写真)。ある程度食べると、グロリアは、「私たち、どこ行くの?」と訊く。「知らない。ロワゼル先生死んだと思う?」。「知らない。でも、絶対、私たち探してるわ」。「ママに言わないと。きっと心配してる」。グロリアは、それには答えず、「秘密、守れる?」と訊き、誓わせた上で1枚の写真を見せる。そして、写真は、ブルターニュにある祖父の家にいた時のグロリアで、「そこが、幸せになれる唯一の場所なの」と話す。だから、「連れてってくれない?」と話す。この後のポールの返事は、彼が地理的なことを何も知らないことを示している。「1万キロ以上あるよ」〔地球一周で4万キロなので、その4分の1/実際は、500キロくらい〕。グロリアは、その間違った数字には何も逆らわず、ただ、「お願い、連れてって、『ウィ』と言って」とお願いする。そして、ポールが頷くと、「ありがとう」と何度も繰り返しながら、飛び上がって喜ぶ(3枚目の写真、矢印はジャンプ)。

何事にも一切躊躇しないグロリアは、最初に見つけた家のドアの窓ガラスを石で割り(1枚目の写真、矢印は石)、ポールに、「くぐって」と命令する。ポールは、ドアの窓から中に侵入する。「何がある?」。「食料の缶」。「全部取って! 急いで!」。「地図がある」。「入れて」。「毛布ある?」。「あるよ」。その時、車の音がする。ドアの外にいるグロリアは、「誰か来た。早く! 出て!」。ポールは窓から逃げ出し、2人はボックスカルバートでできたトンネルに逃げ込む。家の所有者も後を追う(3枚目の写真)。2人は、トンネルを抜け、森の中を必死に走る。そのうち、追っ手はあきらめていなくなる。

無事に逃げ切れたと分かった2人は、地面に寝転がって喜びを分かち合う(1枚目の写真)。その後、2人は真っ暗な鉄道トンネルの中を歩き、外に出て来る(2枚目の写真)。この時は、日中だったが、次のシーンでは、夜。列車が、ホームに入って来て、2人は乗り込む。疲れたポールは、座席に座ると、ぐったりと横になり(3枚目の写真)、しばらくすると眠ってしまい、夢を見る。夢の中でみたのは、熱帯林のような場所で互いに笑顔で見つめ合う2人。しかし、突然嵐となり、グロリアが消えてしまい、ポールは嘆き悲しむ。夢はそこで終わり、列車は 明るい森の中を走っている。グロリアが前方の車両から走って来て、ポールを 「車掌が来るわ」と、体を揺すって起こす。そして、非常プレーキを引き、列車は、トンネルの中で緊急停車。2人は、列車から逃げ出し、トンネルの中を走って列車より先にトンネルから脱出する。そして、すぐ横の森の中に逃げ込む。

2人は、小さな堰の上に出る(1枚目の写真)〔左右の高低差がほとんどないので、ダムとは言えない/ダムなら、右側の下流の方に、落下防止用の凸がないと危険だが、ここでは、逆に、水を貯めている左側に、湖に落ちないように凸がある〕。グロリアとポールは、コンクリートの凸の上に上がると、「私はグロリアよ!」。「僕はポールだ!」と湖に向かって叫ぶ。そのうち、何をするか予想できないグロリアが、5mほど下の湖にポールを突き落とす(2枚目の写真、矢印の方向)。そして、グロリアもすぐに飛び込む。グロリアは、ポールの前まで歩いて行くと〔結構浅い〕、ジャケットを脱がせ、湖に放り投げる。自分も、着ていた上着を脱いで投げ捨てる。2人とも上半身裸になると、自然の成り行きで、グロリアの方からキスを始める(3枚目の写真)

そして、森の中での3日目の夜。ポールは、大きな焚き火を起こす(1枚目の写真)。そして、グロリアに質問する。「両親は、どうして亡くなったの?」。「飛行機の墜落。助からなかった」。「君は、どこにいたの?」。「遠くに」。「幾つだった?」。「5つよ」。「だから、病気になったの?」。「病気なんかじゃない。私にひどいことをするから、暴れるのよ」。「君にとって、僕は何?」。「私を心配してくれる。私がこれまで会った中で、一番素敵な人よ」(2枚目の写真)。それを聞いたポールは、微笑む。グロリアが寝てしまうと、地図を見て検討するが、彼に、今の位置が分かるのだろうか?

翌朝、なぜか、ポールはグロリアに本を読む。読んでいるのは、エドガー・アラン・ポーの『アーサー・ゴードン・ピムの冒険』(1868)の中の、「謎のブリッグ〔2本マストで、前マストに横帆を備えた帆船〕」という章。彼は、「Le bruit, comme j'ai dit, passa à notre arrière et continua sa route lentement et...」、ここで詰まって、「inexorablement sous le vont」と読む。赤色の部分を間違って読んでいるので、強いて訳せば、「私が言ったように、騒音(or 噂)は後ろに伝わり、旅は、ゆっくりと無情に続いた」となるが、まるで意味をなさない。おまけに、ポールは、「“inexorablement”って何?」と、グロリアに訊く有様。ポール自身にも、若干の “知恵遅れ” があるのだろうか? そうでなければ、このあと起きるように、グロリアの思うがままに振り回されるようなことはあるまい。因みに、原文は、「Le brick, comme je l’ai dit, passa à notre arrière, et continua sa route lentement et régulièrement sous le vent」(私が言ったように、ブリッグは私たちの後方を通過し、ゆっくりと着実に風下に進んだ)。その時、ポールが顔を上げると、遠くの岩場の上に、コートを着た男性(1枚目の写真)を含め、案内人と3人の怪しそうな男たちが、何かを探しているのを見る。目線を追っていったグロリアは、その男が、恐らく伯父だったらしく、猛烈に暴れ出したので、ポールは、音で気付かれないよう、全力でグロリアの口を押える(2枚目の写真)。4人が去った後、ポールが手を離すと、ポールの太腿に、グロリアが暴れたときにできた “えぐったような傷” がある。それを見たグロリアは、「ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったの」と謝る(3枚目の写真)。ここまでの様子から、グロリアが統合失調症であることは確かだが、それが、伯父のせいでそうなったのか、あるいは、極端な場合、伯父などいなくて、すべてが彼女の想像なのかは分からない。ただ、5歳の時の両親の事故死は本当のように聞こえ、その後の拙い対応が、彼女の精神状態を悪化させた可能性は否定できない。問題は、そこに “財産目当ての伯父” の関与があるかないかだ。

その夜は 土砂降りの雨。2人は運河沿いに走り(1枚目の写真)、係留された個人所有のバージ〔平底〕船のどれか入れないか当たってみるが、鍵がかかっていては入れない。それでも、遂に、船内に明かりの点いている船を見つけ、ずぶ濡れのまま中に入って行く。2人を見つけた一家の主人は、「ここで、何してる?」と、フラマン語で訊く〔ベルギーなので、フラマン語圏の家族がいてもおかしくはない〕。ポールは、フラマン語が分からないので何も言えないが、グロリアは、いきなり、「ひどい目に遭ったんです」「施設の人たちに虐められて」と言い出し、偶然、それに合わせるかのように、ポールはいきなり外に走り出て行くと、船縁から運河に向かって大量に吐く。後から追っていったグロリアは、「弟は病気なんです。ここにいさせて下さい」と頼む。ポールが吐いたのを見た父親は、2人を船内に入れる。そして、翌朝、気のいい主人は、朝食を持って、運河沿いの歩道にしつらえたテーブルに持って行く(2枚目の写真)。奥さんは、2人が食べ始めると、「施設で何があったの?」と尋ねる。もともと、とっさについた嘘なので、グロリアは、しばらく考えてから、「苦しんだのは、弟なんです」と言い、昨日、グロリア自らがひっかいてできた傷の跡を2人に見せるよう、ポールにフランス語で言う。そして、「施設は、児童虐待だらけなんです。奴らは、弟を選び、動物のように烙印を押したんです」と、嘘を重ねる。ポールは、会話の内容は分からないが、傷を見せたことから、「心配しないで、もう痛くないよ」とフランス語で言う(3枚目の写真)〔標準的なフラマン語圏のベルギー人は、フランス語も理解できる〕。夫妻は、グロリアの話に得心が行った訳ではないが、何となく同情し、2人は、その日の夜もバージでの滞在を許される。

その日の夜、夫は、幼児をあやしながら、妻に、「警察に電話すべきじゃないか?」と訊くと、妻は、「2人は疲れてるわ。静かに寝かせてあげましょ」と言う(1枚目の写真)。夫は、幼児を寝かせた後、服を脱ぎ、ドアを閉める。それまで、黙っていたグロリアは、それまで夫婦の部屋の様子をじっと見ていたポールに、「2人は、何してた?」と訊く。「キスだよ」。「やってみせて。ここに来て」。ポールが横に座ると、「あの人たち、愛し合ってたんじゃない?」と訊く(2枚目の写真)。「そう思う」。「愛し合ったことある?」。「ううん」。「してみたい?」。「分からない」。「私と、愛し合いたい?」。「うん」。「私のこと、愛してる?」。「うん」。「ほんとに?」。「愛してる」(3枚目の写真)。グロリアは、「愛しい人」と言って抱きしめる。

翌日、主人とポールは運河で泳ぎ、奥さんとグロリアは船のデッキチェアで日光浴(1枚目の写真)。写真からも分かるように、グロリアは手を振っていない。彼女は、なぜか、朝から機嫌が悪く、親切な奥さんが、ビキニを貸そうかと言っても、暑いなら上着を脱いだらと言っても、「結構です」。あなたきれいねと褒めても、きれいな髪ねと褒めても、返事すらしない。その、恐いような眼差しは、統合失調症そのものだ。そして、夕方になり、夫妻は幼児を連れて2人の部屋を訪れ、「お隣に飲みに行ってくるわ」と言い、いなくなる。お腹が減ったポールが食べていると、グロリアは、先ほどと同じ、異常な目つきでポールをじっと見ている。それに気付いたポールが、「何だい?」と訊くと、「あの人たち嫌いよ。何か隠してる」と言う。「違うよ、いい人たちだ」(2枚目の写真)。「私たちを見る目、見た? あの蛇のような目。蛇のように冷たい」。そう言うと、クリニックで暴れたように、いきなり部屋の中の物を 手当たり次第に壊し始める。ポールが実に情けないのは、何も止めようとしないこと。昨夜 愛し合って、惚れてしまったのか? それとも、先に書いたように、もともと精神薄弱気味で、思考能力が危機的事態に対応できないのか? 放置されたグロリアは、デッキに上がって行き、燃料の入ったボトルを取って来ると、それをクローゼットの中に撒き、マッチで火を点ける(3枚目の写真)。船が火災保険に入っていることを祈るばかりだ。

翌朝、鉄道橋の下のせせらぎで、顔や手を洗う2人。グロリアは、「水辺にいないといけない。私たちを守ってくれる」と、おかしなことを言い出す。そして、「水辺から離れない。約束する?」と迫る。思考能力のないポールは、「昨夜の暴力的な破壊行為を責めもせず、「水辺にいるよ」とだけ言う。そして、線路に沿って歩いていると、沼にボートが置いてあるのに気付き、シートを外す(1枚目の写真)。幸い、モーターが付いていたので、漕がなくても済む。ボートは、美しい自然に溢れた中をゆっくりと進む。岸に着いたポールが、バッグの中を探ると、最初の家で盗んだ食べ物は何一つ残っていなかった(2枚目の写真)。ポールは、食べ物を探して岸に沿ってボートを進め、やがて1羽の鶏がいるのに気付く。そこで、ボートを岸につなぎ、鶏を追う(3枚目の写真)。グロリアも協力して、鶏を追い詰め、捕獲に成功する。

食料が確保できたポールは、グロリアとキスを始め、二度目の性行為に及ぶ(1枚目の写真)。疲れたポールが眠ってしまうと、グロリアと鶏がボートの上に取り残される。グロリアは、例の異様な目で、鶏を凝視する。その目線の先にあったのは、脚に付けられた金属の輪。そこには、「23/9/1」の数字が刻まれているが、あとは隠れて見えない(2枚目の写真)。彼女が脚の輪の反対側を見るシーンはなく、いきなり、ポールを揺すって起こす。そして、「鶏を見て、脚の輪を見て。数字が見えるでしょ」と言い、数字をアルファベットに変換するよう求める。「23は何? “W” よ。9は? 9は何、ほら考えて! “I” でしょ。12は? 12は何?」。「知らない」。「“L” よ。もう1つ “L” があって、9。9は何だった?」。「知らない」〔“I”〕。「1は “A”、13は“M”。“M” なのよ。全部合わせるとどうなる? “William” 。伯父よ。伯父が、この鶏を送り込んだんだわ」(3枚目の写真)「頭の中にマイクが仕込んである。取り除かないと。私たちが殺される前に、あいつを殺して!」。こうなると、まさに偏執狂だ。動物を可愛がるポールが鶏を逃がすと、怒りはポールに向けられる。ポールが、彼女をクリニックから逃がしたのは、完全に間違った危険な行為だった〔万が一、彼女の言った数字が正しければ、「23/9/12/12/9/1/13」と輪に刻まれていたことになるが、片面で「23/9/1」しか見えないので、それほどたくさんの数字があるとは思えない〕

ポールは、何とかグロリアを宥め、ボートで先へと進む。途中の状況は、ラン藻が水面全体に浮かんでいて沼みたいに見えたが、いつの間にか、運河を走っている(1枚目の写真)。グロリアは、「星たちは すべてを見ている。そして、人々の耳に囁きかける。でも、誰も聞かない。私以外は。星たちは 誰が嘘つきか教えてくれる。だから、誰も 私を欺けない」と、不思議なことを言い出す。「私を信じる?」。「うん」。「誓って」。「誓うよ」。「私を見捨てない?」。「絶対」。「なら、あなたのこと、愛し続けるわ」。ボートは、運河のトンネルに入って行く(2枚目の写真)。トンネルの中は、ポールが懐中電灯で照らし出す “少なくとも200年は経過した石材” の不思議な反射で、グロリアを怯えさせる。グロリアは発作を起こし、何をしているか分からなくなり、オールをポールの顔に叩きつけ(3枚目の写真、矢印の方向)、ポールは気を失う。

翌朝、気が付いた時、ポールはベッドに寝ていた(1枚目の写真)。グロリアに叩かれた額が痛い。着ているものが違う。グロリアもいない。窓から見ると、2人の着ていたものが、物干しの紐に一列に並んで干してある。ポールは、外に出てみる(2枚目の写真)。そこは、トレーラーハウスやモバイルホームから 普通の家までが混在している場所だった。ポールは グロリアを探して歩き回るうち、テントで作った温室のような場所で鉢植えの植物の世話をしている年配の男性に会う。彼は、「よく眠れたか?」と訊く。ポールは、彼がベッドに寝かせ、服も洗ってくれたことに感謝もせず、「誰なの?」と訊く。「インケルだ」(3枚目の写真)「お前さんの名は?」。「ポールです。ここは、どこ?」。「俺の菜園だ。2人で楽しい旅をしてきたみたいだな」。「グロリアは、どこ?」。「お前さんの姉さんか?」。「恋人です」。「彼女なら、お前さんと同じトレーラーハウスの中にいたぞ」。「ううん、いなかった」。インケルは、「散歩にでも行ったんだ。心配するな」と言うが、ポールは森の中を必死になって探し回る。やっと見つけたグロリアは、また精神に異常を来していて、しきりにここから早く逃げたがっていた。ポールは、それを宥めて連れ戻す。何だか、クリニックの看護師のようだ。

トレーラーハウスに戻ったグロリアに、ポールは質問する。「なぜ、ボートで僕を叩いたの?」(1枚目の写真)。グロリアは、譫妄状態での行動なので覚えていない。「叩いてなんか、ないわ」。「叩いたよ」。「いいえ」。ポールは、額の傷を見せることすらしない。そして、それ以上責めずに、「眠った方がいい」と言い、横にならせる。そうした様子を、インケルは窓の外からずっと見ていて、一件落着と判断すると、ポールを外に連れ出す。しかし、グロリアは起き出し、柵の中で飼われている鶏を見て恐怖に襲われる。統合失調症はかなりの重症で、入院治療が必須のレベルだ。インケルは、森を抜け、大きな鳥の群れが野原で休んでいる場所までポールを連れて来る。「壮観だろ?」。そして、遠くのクロヅルの群れを指して、「あの鳥を知っとるか? 死ぬまでつがいでいるんだ」と説明し、さらに、「リインカネーション〔輪廻〕を信じるか?」と訊く。返事がないので、「神を信じるか?」と訊く。「分かりません」。「何を信じる? 彼女か?」。インケルは、自分の過去を話し始める。①妻のジャンヌが死に、彼女に導かれてここに来た。②ジャンヌは時々、「インケル、元気でね。待ってるわ」と話しかけてくれる。③彼は、ジャンヌに会うため毎日ここに来る。そう言うと、インケルは上半身裸になり、両手を広げて、「ジャンヌ!」と叫ぶ(2枚目の写真)。ポールは、“星が囁きかけるグロリア” と似たような境遇のインケルに親しみを感じ、叫んだ後のインケルの肩に手を掛ける(3枚目の写真)。

インケルは、ポールと気が合ったので、ポールが “恋人” だと言ったグロリアについて言及する。「お前さんには、大きな責任がある。彼女の面倒を見ないといかん。彼女は病気だ。それを知っとるか?」と、優しく話しかける(1枚目の写真)。ポールは、「グロリアは、すごく難しい。ボートに乗った最後の時は、僕を叩いた」と打ち明ける。「お前さんは、どうすべきか分かっとるか? お母さんに電話せんといかん。お母さんは、心配しとるぞ。今すぐ電話するか?」。「ううん」。ここで、インケルは、“3つの卵のゲーム” をしようと提案する。「3個のうち1個は生卵だ。順番に1個選んで、頭に叩きつける」(2枚目の写真、矢印は3個の卵)「生卵を選んだら負け。負けたら、お母さんに電話をかける。グロリアには、お前さんのせいじゃなく、運が悪かったと言えばいい」。インケルは、どちらが先に選ぶか、ポールに決めさせる。インケルは、どれが生か知っているので、最初に選べば、負ける確率は33%。なのに、“知恵遅れ” のせいなのか、ポールはインケルに先を譲る。インケルは、知っているので、茹で卵を選ぶ。残りの確率は50%に上がる。そして、ポールが選んだのは生卵。可哀想に思ったインケルは、そのポールの手を直前で止め、自分の頭で潰させる。それでも、ポールが負けたことには代わりがないので、ポールは約束通り、母に電話する。ただ、その内容は、「ママ? 僕、グロリアと一緒だよ。順調だから。愛してるよ、ママ」(3枚目の写真、矢印の先に携帯)。これだけでは何の意味もないので、ポールがいなくなると、インケルはポールに貸した携帯に、母からかかってきた電話にすぐ出る。何を話したかは分からないが、グロリアの収監方法を打ち合わせたことは確か。

ポールが、グロリアの所に戻ると、彼女は、「何だった?」と冷たく訊く。「インケルは、君が病気だって。医者に診せたがってる。僕は、ママに会いたい」(1枚目の写真)。それに対し、グロリアは、「あいつを信じるの?」と訊く。ポールの返事は、常に、「分からない」。「信じるのね」。ここから、グロリアの精神が破壊し始める。「あんたが、鶏を逃がした! 鶏は伯父に知らせに行き、私たちを殺そうとあいつを送り込んだ! みんな あなたのせいよ!」と、非現実なことを平然と言い放ってポールを非難する。この “鶏云々の論理の矛盾” を指摘せず、ポールは、ただ、「なぜ?」とだけ聞く。「あんたが、鶏を逃がしたからじゃないの」。さすがにポールも、この気違いの論理にはついていけず、インケルを庇う。「彼はいい人だ。ホントだよ」。その “反論” で、グロリアの狂気に火が点く。「私は嘘を付いてる?! 私が嘘つき?!」。「違うよ」〔意志薄弱〕。「鶏を逃がしたくせに!」。「優しい人だ」。グロリアは、ポールの顎を乱暴につかむと、「あんたバカなの?! この脳なし! あいつに騙されて! インチキなのに! このバカ、バカ! 何も分かってない!」と、激しく罵る。そして、最後に言ったのが、「あいつを殺すのよ〔Tu dois le tuer〕!」(2枚目の写真)。このあと、グロリアは、「ポール、あいつを殺して〔va le tuer〕、私を助けるのよ、いいわね!」と、ポールを部屋から追い出す。その時のグロリアの態度は、クリニックにいた時よりも暴力的で、完全に正気を失っている。ポールは行く宛もなく菜園に行き、インケルの家の中を窓から覗き、最後は、グロリアのいる部屋のドアの横に座って一夜を過ごす(3枚目の写真)。

翌朝は、豪雨。ポールは、「行くぞ」と、インケルに起こされる。「グロリアには話したか?」。そうは訊くが、インケルは、ボーっとしたポールの返事など待たずに部屋に入って行き、嫌がって悲鳴を上げるグロリアを連れて車に向かう。途中で、逃げ出したグロリアは、あとからついて来たポールに復讐しようと、殴りかかる。インケルは、それを引き離し、暴れるグロリアに、「やめろ!」と怒鳴りつけ(1枚目の写真)、そのまま車に乗せる。ポールも、一緒だ。インケルは、グロリアが病気だとは思っていても、これほど凶暴で抑制がきかない状態にあるとは想像もしていなかったので、エンジンをかけながらも気が気でない。ようやくエンジンがかかった時、後部座席の助手席側にいたグロリアが、インケルに飛びかかって後ろから首を絞める。インケルの足は、アクセルを踏んでしまい、車は、急発進し、その先にあった岩の斜面に乗り上げてひっくり返る(2枚目の写真)。インケルがシートベルトをしている時間はなかったので、押しつぶされた前部座席にいたインケルは死亡したに違いない。ポールは、宙に浮いた形の後部座席から這い出し、次いで、グロリアを引き出す(3枚目の写真)。

この悲惨なシーンの後、晴れ渡った青空の下、ポールと、“2人を殺害し 船と車を破壊した危険極まりない” グロリアを乗せたボートは、湖を走る(1枚目の写真)。2人の間に会話は全くない。そして、2人とも、顔にケガをしている。ボートを停めたポールは、立ち上がると、笑みを浮かべながら空を見上げる。そこには、インケルに連れて行かれた先にいたクロヅルの群れが飛んでいる(2枚目の写真)。笑みは、“インケルは、ジャンヌに会えたに違いない” という思いからであろう。映画のラストは、心優しいが、意志薄弱で、知能的にも薄弱らしいポールと、何を考えているか分からない制御不能の統合失調症のグロリアが、静かに佇むところで終わる。この先、2人はどうなるのであろう? 最大の謎は、グロリアの伯父による財産の剥奪は、本当なのであろうか? 最後の台詞は、運河トンネルに入る前に交わされたものと同じ。「私を見捨てない〔Tu ne me quitteras jamais〕?」。「絶対〔Non, jamais〕」。「なら、あなたのこと、愛し続ける〔Alors, je t'aimerai toujours〕」。運河トンネルの後に起きたことを考えると、空恐ろしさを感じさせる。

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